2026.08.04

AIレッドチームで実現する安全なAI運用

AIレッドチームは、AIを導入した後に「安全なはず」という前提を疑い、攻撃者の視点で弱点を確かめる実践です。生成AIが社内文書や外部ツールへ接続するほど、通常の脆弱性診断だけでは見落とす経路が増えます。

とくにRAG、AIエージェント、外部APIを組み合わせた業務システムでは、プロンプト、検索結果、権限、操作命令が連鎖します。技術対策だけでなく、利用者の行動、データ分類、変更管理まで含めて検証することが重要です。

本記事では、AIレッドチームの定義から対象範囲、攻撃シナリオ、社内ルール、AI監査対応につながる記録方法までを整理します。小さく始め、重大なリスクから優先的に改善するための実務的な型を紹介します。

AIレッドチームとは何を検証する活動か

AIシステムの脅威を分析するセキュリティチーム

攻撃者視点で安全性を確かめる

AIレッドチームとは、悪意ある利用者や攻撃者になり代わり、AIシステムが不正な指示、情報探索、誘導操作に耐えられるかを検証する活動です。目的は欠陥を責めることではなく、被害が起きる前に再現可能な改善課題へ変換することにあります。

従来のレッドチームは、ネットワーク侵入、権限昇格、横展開を中心に検証してきました。一方でAIでは、自然言語による指示の上書き、誤った回答の誘導、学習・参照データの悪用まで対象が広がり、品質と安全性を同時に扱います。

経済産業省とNEDOはAI セーフティに関するレッドチーミング手法ガイド(第 1.00 版)を2025年3月6日に公開しました。組織は、このような公的な考え方を参照しつつ、自社の業務影響に即した攻撃仮説を作るべきです。

  • 攻撃成功の再現性を確認する
  • 情報・権限・出力の影響を評価する
  • 修正後の再テストまで実施する

AI固有のリスクを対象に含める

AIの検証では、プロンプトインジェクション、脱獄、データポイズニング、モデル抽出、メンバーシップ推論、モデルインバージョンを個別に想定します。どの攻撃が成立するかは、採用モデルよりも、接続先データと権限設計に左右されます。

例えば、閲覧権限のない文書を「要約のため」と装ってRAGに検索させる指示は、実務で起こり得る脅威です。外部サイトに埋め込まれた命令をエージェントが読み取り、秘密情報を送信する経路も、画面上では正しい操作に見える場合があります。

MITRE ATLASやOWASP Top 10 for LLM Applications 2025は、AIに特有の攻撃パターンを整理する際の有用な土台です。網羅リストをそのまま消化するのでなく、自社の顧客データ、契約情報、知的財産に結び付けて優先順位を決めます。

  • 入力から出力までの情報流通を追跡する
  • モデル単体ではなく周辺サービスも確認する
  • 攻撃成立時の業務影響を明文化する

防御チームとの役割を分ける

有効な演習では、攻撃を試すレッドチームと、検知・封じ込めを担うブルーチームの役割を分けます。両者が同じ前提で作業すると見逃しが生じやすいため、攻撃シナリオ、停止条件、報告経路を事前に合意することが不可欠です。

脅威ハンティングと調査を最大80%高速化します(アーリーアダプター報告)という運用支援技術もあります。ただし自動化は攻撃の候補生成を助ける手段であり、顧客影響や法的妥当性を判断する責任まで代替するものではありません。

大規模な検証基盤としてPrisma AIRS 3.0のような選択肢もありますが、初回から製品導入を急ぐ必要はありません。情報資産の棚卸し、限定したステージング環境、手動テストから始め、ログと改善実績を積み上げる方が継続しやすくなります。

  • 事業部は業務影響を説明する
  • 開発者は構成と修正を担う
  • セキュリティ担当は攻撃と検知を評価する

AIセキュリティ対策は攻撃面をどう減らすか

AIアプリケーションのアクセス制御と監視画面

資産の棚卸しから始める

AIセキュリティ対策の出発点は、利用中のAIを把握することです。法人契約の生成AIだけでなく、個人アカウント、ブラウザ拡張、APIキー、プラグイン、部門独自のRAGを台帳化し、所有者、用途、扱うデータ、外部接続先を記録します。

棚卸しでは「Security for AI」と「AI for Security」を区別します。前者はモデル、データ、API、エージェントを守る対策であり、後者はAIを使って異常検知や調査を効率化する取り組みです。混同すると、守る対象と導入効果の評価が曖昧になります。

リスク評価は、情報の機密度、業務停止の影響、モデルの自律性、外部接続性の4軸で行います。外部へメール送信やコード実行を行うAIエージェントは、単なる文章要約ツールより高い統制水準を設定する必要があります。

  • 未承認SaaSとAPI利用を可視化する
  • データ保管場所と学習利用を確認する
  • 接続先ごとに責任者を置く

技術的な防御を重ね合わせる

有効なAIセキュリティ対策は、単一のフィルターに依存しません。SSO、多要素認証、最小権限、暗号化、DLP、入力検証、レート制限、出力監視を重ね、どれか一つが破られても重大情報へ到達しにくい構造を作ります。

RAGでは、検索時だけでなく回答生成時にも元文書のアクセス権を継承させます。ベクトルデータベースに登録した後で権限が失われる設計は危険です。削除、異動、退職のイベントが検索インデックスへ反映されるかもテスト対象に含めます。

復旧計画も防御の一部です。適切な自動化と手順整備により最大99%も早く復旧できるようになりという報告がある一方、復旧速度だけで安全とはいえません。停止、トークン失効、ログ保全、影響確認の順序を演習で確かめる必要があります。

  • OAuthトークンの権限と有効期限を制限する
  • 外部ツール実行には承認を設ける
  • 重要ログを改ざん困難な場所へ保管する

継続的な検証に組み込む

AIの安全性は、導入時の一回限りの診断では維持できません。モデル更新、プロンプト変更、MCP接続の追加、RAGデータ更新、ベンダー規約変更を再評価のトリガーと定め、開発・運用の変更管理に組み込みます。

評価の基準として、2023年のVersion 1.1版の資料や、最新のOWASP指針を参照できます。ただし外部フレームワークへの準拠だけを成果にせず、重大度、検知時間、修正リードタイム、修正後の攻撃成功率を定点観測することが重要です。

本番影響を避けるため、初期テストは匿名化済みのダミーデータを使うステージング環境で実施します。本番での確認が必要な場合は、送信先を無害化し、操作量の上限と即時停止できる連絡網を文書化してから進めます。

  • 変更前後で同じ攻撃を再実行する
  • 検知できなかった攻撃を優先改善する
  • 例外承認には期限と再評価日を付ける

社内AIセキュリティを利用現場で機能させる

社員がAI利用ルールを確認する企業研修

入力してよい情報を明確にする

社内AIセキュリティでは、利用禁止だけでは不十分です。従業員が迷わないよう、情報を「入力可」「匿名化すれば可」「入力禁止」に分類し、個人情報、営業秘密、未公開契約、認証情報、顧客ソースコードの扱いを具体例で示します。

生成AI情報漏えいは、悪意よりも急ぎの業務や利便性から起こりがちです。入力画面の注意表示、承認済みツールへの導線、匿名化支援、相談窓口を用意し、安全な方法の方が作業しやすい状態を作ることが定着の近道になります。

実際に、ChatGPTへ入力するプロンプトの容量を1024バイトに制限する運用例があります。このような制限は補助策にはなりますが、容量だけでは機密性を判定できません。データ分類と法人向け環境の設定を組み合わせる必要があります。

  • 顧客識別子と認証情報は原則入力禁止にする
  • 匿名化の方法をテンプレート化する
  • 判断に迷うケースをQ&Aへ追加する

エージェントの過剰権限を防ぐ

AIエージェントは、検索、メール、ファイル操作、発注などを連続して実行できるため、通常のチャットより厳格な権限設計が必要です。読み取り、下書き、送信、削除、支払いを分離し、高影響の操作には人間の承認を必須にします。

Claude Codeのユーザーは、権限付与に関するプロンプトの93%を承認しています。この傾向は、確認画面があるだけでは安全性を保証しないことを示します。承認依頼には対象、影響範囲、実行理由、取消方法を短く明示し、安易な承認を減らします。

社内のLLMゲートウェイを運用する場合、LiteLLM 1.82.8のような構成要素を含めて、認証、モデル別の利用制限、監査ログ、秘密情報マスキングを検証します。ソフトウェアの版数変更は、既存の防御設定が崩れる代表的な契機です。

  • サービスアカウントに管理者権限を与えない
  • 送信・削除・決済は二者承認にする
  • ツール追加時は攻撃シナリオを再実施する

教育と監視を行動につなげる

社内AIセキュリティを定着させるには、年1回の規程説明だけでは足りません。業務別の短い演習で、偽の指示を含む文書、機密情報を求めるプロンプト、誤回答の確認方法を体験し、利用者自身が危険な兆候を発見できるようにします。

研修は受講率だけで評価せず、抜き打ちの確認、相談件数、禁止情報の入力検知、是正までの時間を追います。CyberGym(83.1%)のように演習結果を数値化する考え方は有効ですが、自社の合格基準と対象業務に合わせた設計が欠かせません。

検知精度99.99%を掲げる技術があっても、誤検知や未検知がゼロになるとは限りません。アラートを受ける担当者、利用停止の権限者、法務への連絡条件を決め、現場が隠さず報告できる運用とセットで監視を設計します。

  • 部門別に実例を変えて訓練する
  • アラート対応の責任者を明確にする
  • 少なくとも半期に一度は見直しを行う

AIガバナンスとAI監査対応へ検証結果をつなぐ

AIリスク評価と監査報告書を確認する経営会議

責任と判断基準を文書化する

AIガバナンスとは、AIの価値とリスクを継続的に判断するための責任分担、ルール、証跡の仕組みです。AIレッドチームの結果は技術部門だけに閉じず、事業責任者、法務、情報システム、経営層が残余リスクを判断する材料にします。

統制文書には、対象システム、許容できない被害、リスク受容の決裁者、例外の有効期限、再評価条件を定めます。これにより「テストで問題が出なかった」ではなく、「どの条件ならリリースを認めるか」という説明可能な判断になります。

NIST AI RMFや国内のAI事業者向け指針は、リスクの特定、測定、管理、統治を整理する助けになります。自社の統制へ落とす際は、開発規模に合わせて最小限の記録項目から始め、形だけの会議体を増やさないことが大切です。

  • システム所有者とデータ所有者を分ける
  • 例外の承認期限を管理する
  • 経営判断の根拠を記録する

監査で追える証跡を残す

AI監査対応では、結論だけでなく検証の再現性が問われます。実施日時、対象バージョン、テスト環境、攻撃プロンプト、期待結果、実際の結果、証跡ログ、重大度、担当者、改善チケットを一つの台帳で関連付けます。

ブラックボックステストは外部利用者の視点を得やすく、ホワイトボックステストは設定やコードの原因追跡に向きます。両者の中間であるグレーボックステストも含め、どこまでの情報を使った検証かを報告書に明記すると評価の意味が伝わります。

監査向けの報告は、発見件数を競う資料ではありません。重大な攻撃経路が遮断されたか、検知に要した時間、修正後に同じ手法が失敗したかを示し、未解決事項にはリスク受容または対応期限を必ず付けます。

  • テスト条件と版数を固定して保存する
  • ログの保管場所と閲覧権限を定める
  • 改善チケットと検証結果を相互参照する

AI説明可能性で判断の透明性を高める

AI説明可能性は、モデルの内部をすべて公開することではありません。業務利用において、どのデータを根拠に、どの制約の下で、誰が最終判断したかを関係者が理解できる状態を作ることです。これは監査証跡の品質にも直結します。

RAGの回答には、参照文書、検索時点、権限確認の結果、回答生成に使ったモデルを残します。根拠が示せない回答を、契約判断、人事評価、医療・金融に関する重要判断へそのまま使わないというルールも必要です。

AI説明可能性を高めると、誤情報やバイアスを見つけた際に、どのデータ、検索、プロンプト、モデル設定を修正すべきか追跡しやすくなります。説明の粒度は利用者、監査人、開発者で異なるため、閲覧者ごとに情報を整理します。

  • 回答の根拠文書を表示・保存する
  • 重要判断には人間の理由を記録する
  • 説明不能な用途を事前に制限する

AIレッドチームを継続運用へ定着させる手順

AIレッドチームのテスト計画と改善サイクル

小さなスコープで初回演習を設計する

AIレッドチームの初回は、最も重要な一つの業務フローに絞るのが効果的です。例えば、社内規程を検索するRAGなら、「権限のない文書を抽出できるか」「命令を上書きできるか」「根拠のない回答を重要情報として出すか」を検証します。

計画書には、対象環境、利用可能なテストアカウント、禁止操作、停止条件、連絡先、実施時間、データ取り扱いを明記します。顧客データを使わず、ダミーの機密情報を埋め込んだ演習環境を用意すれば、攻撃をためらわず現実的に試せます。

AIエージェントを導入する段階から安全設計を織り込むには、AIエージェント導入の進め方で整理した対象業務と運用設計を、テスト対象の境界設定に活用できます。導入目的が曖昧なままでは、守るべき資産も定まりません。

  • 業務フローごとに守る資産を一つ定義する
  • 本番停止の判断者を事前に指定する
  • 成功条件と失敗条件を文章で固定する

攻撃結果を定量的に優先順位付けする

改善の優先順位は、攻撃成功率だけで決めません。機密性・完全性・可用性への影響、再現性、必要な攻撃者の権限、検知時間、横展開の可能性を合わせて採点し、事業への被害が大きい経路から対処します。

たとえば、1回しか再現しない軽微な誤回答と、低権限の利用者が繰り返し顧客情報へ到達できる欠陥は分けて扱います。後者はモデルの性能問題ではなく、アクセス制御や検索フィルターの設計不備として、緊急度を上げるべきです。

報告書には、攻撃の入力、観測した出力、ログの有無、原因仮説、暫定対策、恒久対策、再テスト日を記載します。経営層には技術用語を並べず、想定損失、対応期限、投資判断に必要な選択肢を簡潔に示します。

  • 重大度は業務影響と再現性で評価する
  • 未検知の攻撃を検知ルールへ反映する
  • 修正完了ではなく再テスト成功で完了にする

改善サイクルを日常業務にする

継続的なAIレッドチームは、四半期ごとの一大イベントではなく、リリースと変更管理に結び付ける活動です。新しいモデル、外部API、MCPサーバー、データセット、権限ロールが追加された時点で、関連する攻撃ケースを自動・手動で再実行します。

自動化は、数千の入力バリエーション、パラメータ組み合わせ、攻撃シーケンスを効率よく試すのに役立ちます。しかし日本語の婉曲表現、部門固有の略語、承認慣行を悪用する指示は、人間のドメイン知識を持つ検証者が設計しなければ十分に評価できません。

最終的に目指すのは、生成AI情報漏えいを恐れて利用を止めることではなく、危険な経路を把握し、必要な業務を安全に進めることです。技術、ルール、教育、監査を一つの改善ループとして運用すれば、AI活用の信頼性を高められます。

  • 変更ごとに該当テストを自動実行する
  • 日本語固有の攻撃例をテスト資産化する
  • 月に2回など固定周期で結果をレビューする

まとめ

AIレッドチームは、AIの脆弱性を見つけるだけの活動ではありません。攻撃者視点の検証結果を、AIセキュリティ対策、社内ルール、AIガバナンス、監査証跡、継続改善へ接続することで、安全な活用を支える実務基盤になります。

要点

  • AIの検証対象はモデルだけでなく、RAG、権限、外部API、エージェント操作まで含む
  • 台帳、データ分類、最小権限、ログ、教育を組み合わせて防御を多層化する
  • 攻撃結果は重大度、再現性、検知時間で評価し、再テストで改善を確認する
  • AI説明可能性と証跡を整えれば、監査と経営判断に使える成果物になる
  • モデルや接続先の変更を契機に、検証を継続する

まずは重要なAI業務を一つ選び、守る情報、許されない操作、攻撃シナリオ、停止条件を1枚に整理してください。その小さな演習結果を改善チケットへつなげることが、実効性ある安全運用の第一歩です。

よくある質問

Q1. AIレッドチームは通常の脆弱性診断と何が違いますか?

通常の診断がネットワークやアプリケーションの技術的欠陥を中心に扱うのに対し、AIレッドチームはプロンプト、モデル出力、学習・検索データ、AIエージェントの権限や行動まで含め、攻撃者視点で業務影響を検証します。

Q2. 小規模な会社でもAIレッドチームは実施できますか?

可能です。まずは重要なAI利用ケースを一つ選び、ダミーデータを使ったステージング環境で、情報漏えい、権限逸脱、誤情報の3観点を手動で試します。結果を記録し、修正後に再テストすることから始めます。

Q3. AI監査対応で最低限残すべき記録は何ですか?

対象システムと版数、テスト環境、攻撃内容、結果、証跡ログ、重大度、対応担当、改善チケット、再テスト結果を関連付けて保存します。判断の根拠と未対応リスクの承認記録も重要です。

Q4. 生成AI情報漏えいを防ぐ最初の対策は何ですか?

利用中のAIサービス、API、プラグイン、個人アカウントを棚卸しし、入力可能な情報を分類することです。その上で法人向け環境、最小権限、DLP、ログ監視、教育を組み合わせます。

Q5. AI説明可能性はレッドチームにどう役立ちますか?

回答の根拠文書、検索時点、権限確認、利用モデルを追跡できれば、攻撃成功の原因を特定しやすくなります。修正箇所の判断、再発防止、監査報告の品質向上にも役立ちます。

参考文献・出典

AIレッドチーム:現代CISOのためのプロアクティブな防御

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「AIレッドチームの現状と今後」について : サイバーインテリジェンス | NEC

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